「液体カルコゲンの金属−非金属転移の理論的研究」要旨

本研究は、カルコゲンの液体セレン(Se)、 テルル(Te)のモデル構造を導入し、 液体カルコゲンの鎖間相互作用を第一原理計算で調べ、 非金属金属転移機構を解明した。

液体Seの体積膨張での非金属-金属転移は、 今まで知られている金属-非金属転移とまったく異なる様相を示す。

水銀やアルカリ金属などの液体金属では温度上昇による熱膨張で金属から非金属へ転移するが、 液体Seではこの熱膨張で半導体(非金属)から金属へ転移する異常な振る舞いが知られている。 そこで、構造解析などの実験結果の考察から、 鎖の切断で鎖の長さが短くなることに注目し、 鎖端の効果と鎖間相互作用に着目した有限鎖モデルを導入した。

この液体Seのモデル構造について、鎖端距離や鎖間距離などの構造変化と電子状態の関係を、 第一原理計算を用いて系統的に調べた。計算から次のような結果が得られた。

液体Seの金属化の成因として、 平面ジグザグ構造を用いた機構が提案されていたので、 鎖の回転角が異なる平面ジグザグ構造と螺旋構造のエネルギーや電子状態の比較を行った。 その結果、無限鎖や有限鎖のとき、 平面ジグザグ構造は螺旋構造よりエネルギー的に不安定な構造であることや、 体積膨張の過程で無限鎖から有限鎖への変化という構造変化が引き起こされたとき、 平面ジグザグ構造の電子状態は金属から非金属に転移したということから、 液体Seにおける平面ジグザグ構造の存在の可能性を否定した。

金属化の原因としては、体積膨張のとき、長い螺旋鎖のボンドの一部が切断されると、 鎖端の波動関数が変化し、弱くなった共有結合に対応する反結合準位と共有結合準位のエネルギー差が減少すること、 このため、伝導帯の反結合バンドのうち、最低エネルギーをもつ反結合準位が相対的に低下することを確かめた。 体積膨張の過程で鎖間距離が増加してバンド幅は減少するが、 この反結合準位の降下が急激であるため、 この反結合準位が価電子帯である孤立電子対のバンドと重なり、 エネルギーギャップが閉じる。 この重なり部分に化学ポテンシャルがきて、 Fermi準位が存在するため、液体Seは非金属から金属に転移することが明らかになった。 このとき、鎖端と隣接鎖の間に局所的な三配位構造が形成され、 波動関数が鎖間で重なりをもち、鎖間で伝導電子が伝わることがわかった。 非金属から金属への転移のこの機構は、新しいタイプのものである。

一方、加圧による体積圧縮では、結晶と液体の金属転移圧力が異なることが知られている。 そこで、構造解析などの実験結果の考察から、 鎖間相互作用による構造不均一性をもった無限鎖モデルを導入した。

この液体カルコゲンのモデル構造について、 構造と電子状態の関係を第一原理計算で系統的に調べた。 計算から次のような結果が得られた。

構造が不均一な場合では、長いボンドに対応する反結合準位の降下のため、 結晶のときより小さな鎖間距離減少で金属化した。 このことは、液体では結晶より低い圧力で金属化することを示す。

本研究は、液体カルコゲンの鎖間相互作用に着目し、 構造変化と電子状態、物性の関係を調べ、 高温下と高圧下の金属化機構を説明した。 そして、液体Seの非金属-金属転移の機構は、 これまで提案された金属-非金属転移のどの機構とも異なる、 全く新しい機構であることを提案した。


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2000/10/12