液体セレニウムの金属−非金属転移
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I.研究の背景

I.(i)研究の目的
本論文では, 気体液体超臨界領域の液体セレン(Se)と,高圧下のSeとテルル(Te)で生じる 非金属--金属転移の機構を明らかにするために, 液体カルコゲンの特徴である鎖間相互作用と鎖状構造の安定性に 着目したモデル構造を導入し, 密度汎関数法を用いて,それらモデルの エネルギーと電子状態の計算を行い, 構造変化が電子状態や物性にどのような影響を与え, どのような構造がどのような物性を発現するかを調べる.
この研究の中で, SeとTeの構造と電子状態について系統的な計算を行っており, 液体Seの非金属--金属転移の機構を解明し, 高温下と高圧下の液体カルコゲンにおける 鎖間相互作用と鎖状構造の安定性を統一的に調べた 世界初の研究である.

I.(ii)研究の動機
LandauとZel'dovichは,1943年の短い論文の中で, 気体液体超臨界領域では, 液体から気体へと密度を連続的に減少させることが可能であり, 連続的な密度減少過程での液体金属の金属非金属転移には, 魅力あふれる可能性があることを指摘した[1]. すなわち, 液体状態の系の電子状態が一次相転移をする可能性である.
たとえば,水銀は,常温常圧下で液体で金属である唯一の単体である しかし,温度の上昇とともに密度減少が生じると,バンド幅($W$)が減少する一方, $6s$バンドと$6p$バンドの中心位置が変わらないため, $6s$と$6p$のバンドの重なりが開き,金属から非金属に転移する(Bloch-Wilson 転移,図I.i,I.ii(a)).

また,アルカリ金属は,密度の減少によってHubbard バンドが減少する一方, 電子間の相関($U$)がほぼ一定であるため,金属から非金属に転移する(Mott-Hubbard 転移).

これまでに提案されている金属非金属転移の機構には,この他にも,アモルファス物質についてのAnderson転移や 有機伝導体についてのPeierls転移がある.Anderson転移は構造の乱れ($\Gamma$)に起因する転移であり, Peierls転移は構造の周期性に起因する転移である[2].
以上のように,温度上昇に伴う密度減少が原因である金属非金属転移の機構は, 物性物理の基礎として,すでに解明されている現象である.

Bloch-Wilson Transition
Fig.I.i:Schematic illustration of the Bloch-Wilson transition.
Phase Diagram (Se) Phase Diagram (Hg)
Fig.I.ii(a):Phase diagram of Hg and alkali metals. Fig.I.ii(b):Phase diagram of Se.

しかし,VIb族(16族)の液体Seは,臨界圧力以上の圧力下で温度を上げると, 密度減少の際に半導体(非金属)から金属へと転移する. これは,これまでの常識では解明できない現象であり, 1976年の Hoshino,Schmutzler,Warren,Jr.,Henselたちの実験で明らかにされた[3,4](図Fig.I.ii(b)). その転移や電気伝導の機構は未解決の問題として,世界中の実験家や理論家たちがしのぎを削って研究を進めている.

このように,温度や圧力といった環境の違いが構造や電子状態に強く影響し, また,構造の変化と電子状態の変化はお互いにフィードバックしあって強く影響を及ぼしあう. このような環境の変化による構造と電子状態の変化を調べることは,興味深い問題である. 本研究では,このように環境に強く依存した系のひとつである液体カルコゲンについて, 環境変化に対応した構造変化に対して電子状態や物性がどのように変化するかを調べるために, 液体カルコゲンの特徴である鎖間相互作用と鎖状構造の安定性に着目したモデル構造を構築し, 密度汎関数法を用いて系統的に計算を行う. そして,気体液体超臨界領域における液体Seの非金属金属転移の機構を解明し,その統一的な理解を計る.

参考文献
[1]L.Landau and Y.Zel'dovich, Acta Physicochim. U.R.S.S. 18, 194 (1943).
[2]F.Yonezawa and T.Ogawa, Suppl.Prog.Theor.Phys. 72, 1 (1982).
[3]H.Hoshino, R.W.Schmutzler, and F.Hensel, Ber.Bunsenges.Phys.Chem. 80, 27 (1976).
[4]H.Hoshino, R.W.Schmutzler, W.W.Warren,Jr. and F.Hensel, Philos.Mag. 33, 255 (1976).


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2001/05/31