液体セレニウムの金属−非金属転移
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VI.まとめ
本研究では、超臨界領域の液体セレン(Se)で生じる
非金属-金属転移の機構を解明するために、カルコゲンの特徴である
鎖間相互作用と鎖状構造の安定性に着目したモデル構造を導入し、
密度汎関数法を用いてそれらモデル構造の
エネルギーと電子状態の計算を行い、
構造変化と電子状態、物性の関係を調べた。
この結果、
鎖間相互作用のために、ボンドが切断されたり、共有結合が弱くなると、
切断されたボンドや長くなったボンドという構造不均一性が生じ、
鎖端や長くなったボンドでの電子状態が変化する。
そして、切断されたボンドや長くなったボンドに対応する
反結合バンド($\widetilde{\sigma}^{\ast}$)と
共有結合バンド($\widetilde{\sigma}$)のエネルギー差が減少する。
このため、反結合バンドが相対的に下がり、価電子帯である孤立電子対(LP)バンドと重なって、
金属化することがわかった。
このことから、超臨界領域近傍での液体Seの金属化では,
弱くなった共有結合に対応する反結合バンドのエネルギー的降下が
重要な役割を果たしていることが明らかになった。
以下、本論文の順序に従って、計算結果および議論をまとめる。
気液臨界点近傍での液体セレン-スピン自由度がない場合
螺旋鎖と平面ジグザグ鎖
液体Seのモデル構造として螺旋構造と平面ジグザグ構造を考え、それぞれについて、
無限鎖と有限鎖の場合でのエネルギーと電子状態を計算した。
その結果、以下のような結論が得られた。
- 平面ジグザグ無限鎖は金属的であり、螺旋無限鎖は非金属である。
したがって、螺旋構造から平面ジグザグ構造へ
鎖の回転角が大きくなれば
非金属金属転移が起こる。
- 平面ジグザグ構造は、螺旋構造に比べ、
無限鎖と有限鎖の両方においてエネルギー的に不安定な構造である。
これは、平面ジグザグ構造では鎖内のLP電子が
隣り合う構造になっているため、電子の反発が大きくなるからである。
以上の結果、平面ジグザグ構造は金属的ではあるが、
平面ジグザグ構造の液体中での存在がエネルギー的に疑問視される。\\
有限鎖の1次元集合
有限鎖を1次元的に並べた集合系を考えた。
つまり、鎖端間距離($r_{\rm sep}$)を増加させて
無限鎖の一部のボンドを伸ばすことで共有結合を弱くし、
鎖端が生じたときの電子状態の変化について計算した。
その結果、以下のような結論が得られた。
- 平面ジグザグ構造では、鎖端間距離が増加するにつれ、
価電子帯と伝導帯の重なりである
エネルギーオーバーラップ($E_{\rm overlap}$)が減少し、
ついには、エネルギーギャップ($E_{\rm g}$)が開き、
金属から非金属に転移した。
これは、平面に垂直な方向に形成されていたLP軌道間に
$\pi$結合ができて金属的になっていたが、
一部のボンドの切断でこの$\pi$結合が解けたためである。
- 螺旋構造では、鎖端間距離が増加するにつれ、
エネルギーギャップが小さくなり、非金属の傾向が小さくなった。
これは、鎖間距離の増加で一部のボンドの共有結合が弱くなって
鎖端が生じると、それに対応する
結合バンド($\widetilde{\sigma}$)と反結合バンド($\widetilde{\sigma}^{\ast}$)の
エネルギー差が小さくなり、反結合バンドが相対的に降下したため、
エネルギーギャップが小さくなったのである。
以上の結果、平面ジグザグ構造は、密度減少で金属から非金属に転移するが、
このことは、液体Seが体積膨張による密度減少で非金属から金属に転移するのと
逆の傾向を示している。つまり、
無限鎖から有限鎖への変化に対する電子状態の変化の観点からも、
超臨界領域の液体Se中の平面ジグザグ構造の存在は疑問視される。
一方、螺旋構造では、液体Seの傾向と同じ電子状態変化の傾向を示し、
このエネルギーギャップの減少には
鎖端の効果が重要な役割を果たしていることがわかった。
有限鎖の3次元集合
先の結果を受けて、螺旋有限鎖を3次元的に集め、
鎖間相互作用を加えた構造についてのエネルギー計算と電子状態計算を行った。
その結果、以下のような結論が得られた。
- 体積が小さいときは、全ボンドの長さが一様の無限鎖の集合が
エネルギー的に安定である。このとき、系は非金属である。
- 温度上昇による体積膨張で密度が減少すると、
無限鎖の一部のボンドが切れた有限鎖の集合が
エネルギー的に安定になる。このとき、
ボンドが切れることで共有結合が弱まり、
それに対応する
結合バンド($\widetilde{\sigma}$)と
反結合バンド($\widetilde{\sigma}^{\ast}$)の
エネルギー差が小さくなる。このため、
反結合バンドが相対的に下がり、
LPバンドと重なって、系は金属になる。
また、鎖内のボンド長は体積が小さいときに比べ、
不連続に短くなる。
- 鎖端の波動関数は隣接鎖の途中の波動関数と重なりをもち、
局所的な三配位を形成する。この鎖間の波動関数の重なりによって
鎖間で電子伝導が起きている。
以上の結果、超臨界領域での密度減少による液体Seの金属化の機構は、
このボンドの切断によって生じた鎖端の効果と
鎖間相互作用が原因であることが明らかになった。
そして、ここで解明された液体Seにおける非金属金属転移の機構は、
これまでに提案されてきた金属非金属転移の機構とは
まったく異なる新しいタイプのものである。\\
このように、
カルコゲンの特徴である鎖間相互作用と鎖状構造の安定性に
着目したモデル構造をもちいて、様々な条件下での液体カルコゲンの
電子状態計算を系統的に行い、構造変化と電子状態、物性の関係を調べ、
高温下と高圧下の非金属金属転移の機構を解明することができた。
そして、液体Seの非金属-金属転移の機構は、
密度減少の過程でのボンドの切断によって金属化する機構であり、
これまでに提案された金属-非金属転移のどの機構とも異なる、
全く新しい機構であることを明らかにした。
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2001/06/13